ハルのいない朝

ハルがいなくなったリビングは、静かすぎて…

眠れない夜を過ごし

時々、いつものように目がハルを探している

私の耳には、ハルの足音、寝息が相変わらず聞こえている

聞こえている気がしているだけ




娘の遠方赴任が始まって、娘と離れて暮らす寂しさを埋めてくれたのは、ハル。
3月に娘が亡くなって、その辛さを支えてくれたのもハル。
ずっと私の体調が悪く寝たきりの日々を、傍にいてくれたのもハル。
ずっと一緒に傍にいてくれた。

ハルは、私の生きる理由だった。
ハルは、私のすべてだった。





ハルを可愛がって下さったみなさまに厚く御礼申し上げます。

何度会ってもいつもガウガウ言うハルにめげずに、機会があるたびにハルに会ってくださったみなさま。
本当にありがとうございました。

ネットのお友達も沢山できました。
楽しいお付き合いをさせていただき、本当にありがとうございました。

深く皆様に感謝申し上げます。




ハルを送る

いつものように私のベットの傍で寝ているハル。

私の耳には、ずっとハルの寝息が聞こえている。

夜中に何度もハルがどこにいるのか確認する。

トイレに行きたい時は、騒がず、ドアのところへ行って待っている。




体に触らせてくれなかったハル、今日はブラッシングも心をこめていっぱいした。
タオルで体を綺麗に拭いた。
体長 100センチ、体重30キロ。

ミルキーとおやついっぱいに囲まれたハル


午後4時
斎場へハルを送った。
ハルは、初めて乗る娘のフィールダー。

3月に娘を送った同じ斎場。
いずれ私もここで灰になる。

娘と話し合った事がある。
ハルの最後は、ペットの葬儀屋さんに来てもらって、お骨を残そうと。
だけど、娘が先に居なくなってしまったので、後の事を考えてお骨を残さない事にした。


お線香をあげて、最後のお別れをした。





2011年2月に右後ろ脚の半月板損傷し、2011年8月に皮脂腺上皮種が判明し、それから1年余り。
療養食でダイエットもしたけど、去勢後に太ったのはホルモンバラスが崩れたせいなので痩せる事はなかった。
今年の4月にはダイエットも止めて、以前のシニア用のフードに変え、ゆでた野菜と好きな物を食べていた。

寝たきり介護の覚悟もしていた。
どんな事があっても最後までちゃんとハルと暮らす。

だけど、なんにも私の手を煩わす事もなく、たった1時間あまりで旅立っていってしまった。

娘が逝ってしまってからハルも弱ってきていたけど、まだまだ2年は一緒に暮らせると思っていた。
いつもずっと私の傍にいてくれると思っていた。

Good-bye、HAL


2012年6月25日(月)午後10時

ハル、虹の橋へ引っ越しました。

12才5ヶ月

ハルちゃん号に乗っているごきげんなハルの様子

今日もいつものように一人で庭に出て、一人で家の中に戻ってきてた。
夕方、5時半頃にご飯を食べて、お水も飲んだ。
それから荒い息をするようになり、立ち上がろうとするが立てなくて、そのまま、また寝てしまう。

荒い息をしてたと思うと、普通のスースーという息になったりしてたが、午後9時頃から荒い息遣いが続くようになり、傍についていた。

午後10時、すとんと息が止まり、体が大きく痙攣した。

ずっとハルに声をかけながら傍にいた。



昨日もハルちゃん号に乗ってお買い物に一緒に行った。
からあげも食べた。

皮脂腺上皮種(低グレードの悪性腫瘍)が出来て一年ほど。

ハルが私の支えだった。
ハルが、私の生きる力だった。
ハルがいたから、今、次女の悲しみから立ち直りかけている。



ハル、大好きだよ!
どんだけ噛まれたって、大好きだよ!


ハル、お姉ちゃんと一緒に先に虹の橋を渡って行ってもいいよ。
そのかわり、お母さんの時もちゃんと迎えに来てよね。
向こうでまた一緒に暮らそうね。



ハル、ありがとう。
家の子になってくれて ありがとう。

ハル、ハルは我が家の最後のワンコだよ。





百か日忌

百か日です

私には もう 百か日


どんなに諦めても諦めきれないまま


今にも ひょこんと「何してるの~?」と言いながら帰ってくる気がして

携帯が鳴って「あのさ~」って言う声が聞こえる気がして


どんなに一生懸命にご飯を作っても もう娘は食べてくれない
今日は大根が美味しく出来たよ
炊き込みご飯も美味しく出来たよ

作りながら そんな事に気づいて 

今さら

ごめん



娘の遺影の前のプーさんと親友がくれたお花

親友が届けてくれたお供えのお花
娘に会いに来てくれる
私を気遣ってくれる


電話をくれた娘の友
話しながら一緒に泣いて


いつまでも娘を大切に思ってくれる気持ちと
私をいたわってくれる気持ちと

彼女達と一緒にいる娘を見ている

それが今の私の唯一の救い





新しいお壇と娘たちのいる座敷の様子

お壇を新しくしました
法名も2人が並んでいます

2人の法名が並んだ骨軸



で、骨折ですが

5月29日過ぎから、また腰に尋常じゃない痛みがでて、整形でレントゲンと痛み止めの注射をした。

レントゲン
なんと、第一腰椎圧迫骨折!
腰椎の写真


3月に風邪をひき、酷い咳でアバラと腰が痛かったのは、この骨折のせいでした。
その後、帯状疱疹になったり、いろいろと体調が悪かったので、きちんと治療ができないまま、痛みが薄れてきていたんだけど…

先生は、骨マーカーの数値やらで骨折があるとは言っていたが…
で、テリボンを始めたわけでもある。

第一腰椎の所は、触ると痛いし、周辺には鈍い痛みがある。
だけど痛くてたまらないのは、骨盤のあたり、特に左側。
なんで?
先生は骨折箇所の痛みが出ているだけと言う。

装具のコルセットを作り、装着中ではあるが、自由が効かず、不便きわまりない。
痛みがなくなるまで使用するらしい。
きついし、苦しいし、暑い!


3回目の立ち日

ちゃんと娘のお友達がお参りにきてくれる

東京にいるお友達からも電話をもらい、「いつまでも友達だから」と言ってくれる

娘は 本当に友達に恵まれている

お友達は 娘だけでなく、私のこともいっぱい気遣ってくれる

申し訳ないという思いと ありがたさに涙があふれてくる



来週は 百ヶ日を迎える
もう百ヶ日になる

私の中では、3月3日のあの時のままなのに
日々は流れている


一歩を踏み出そうとすると、すぐに立ち止まってしまう
まだまだ前を向かなくてもいいよって、もう少しこのままでいてもいいよって友が言ってくれる



もう少し このままでいようと思う





でも 大丈夫だから 心配しないでね




長女の誕生日に京都へ

毎年、この日、次女がしていたお東さんへのお参り
今年は、なんとしても行かなきゃと思い、母と妹と旦那を連れて、腰の痛みにも負けず、強行した。

お東さんは、「真宗本廟収骨(須弥壇収骨)」が行われており、御影堂のほとんどが仕切られていて、後ろの方からしかお参りができなかった。
おまけに、阿弥陀堂の修復と御門の修復も始まり、境内も仕切りができていて狭くなっていた。

でもちゃんとお参りして、娘の代わりを果たせたかも。

その後、お昼は娘と行った事がある花見小路の「祇園 迦陵」 で。
あとは、娘が良く行くお店をめぐり買い物。
辻利、キムチのみずの、じゃこ山椒のしののめ、北山のマールブランシュ本店

娘と行こうと思っていたお店が、まだまだいっぱいある。
行ったところもいっぱいある。





ときどき、なんでここに娘がいないのかな~って思う。

なんでいないの?


そんな思いにかられてしまう



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halかあしゃん

Author:halかあしゃん
かあしゃんのひとりごと。
おっさんワンコと暮す毎日。

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