高遠へ

娘が見た高遠のサクラがどうしても見たくて…

ライトアップされたサクラの木と一緒に写っていた一個のオーブ

この一枚だけにオーブが写っていた。
一緒に来てくれたんだ、娘。

高遠のサクラを一緒に見てたんだ。

今まで、ずっと座敷をカメラに写しても何にも写って来なかったのに、やっと娘に逢えた。
娘が居た事が嬉しかったけど、こんな形でしか娘に逢えないんだと思ったとたん、涙が止まらなくなった。

逢いたい!
娘に逢いたい!
かおりに逢いたい!






高遠城址公園北入り口のサクラ


夕暮れ時のサクラと水仙の黄色い花


暮れかかった空とサクラ


まだ満開の桜


私と旦那を連れてってくれた甥っ子と妹に感謝。
一生見る事が叶わないと思っていた、娘が見た高遠のサクラ。
体調を押して連れて行ってもらったけど、行ってよかった。

ひとつ、区切りができたような気がする。




エンブレル再開!

帯状疱疹の診察日、まだジュクジュクしたところがあり、痛みもあるので、皮が張るまで塗り薬と飲み薬を続けることになった。次回は3週間後。
リウマチの薬は再開してよいと言われた。

リウマチの通院先で、血液検査、骨マーカー、骨密度の検査やらをし、エンブレル再開となった。
約2ヶ月ぶりの治療開始。
エンブレルが効いてくるのを待って、ステロイドも元に戻していく。

腰は変。
痛いし、ずしっとした感が絶えずある。
洗い物するその間でさえ、痛みが出てくる。

血液検査の結果は、MMP-3は230を超え、CRPは1.38、骨マーカーの値も高くなっている。

旭化成ファーマの骨粗鬆症治療薬テリボン を72週、使用する事にした。
スタートは、5月8日。週1回通院です。

一生の内で1回(72週)しか使えないそうですが、次々と新しい薬が出てくるので、使い終わる頃にはまた新たな治療ができるかもとのことです。


ステロイドのおかげで食欲もあります。
このまま 上手くコントロールができるようになってくれたらと願っています。


ご心配おかけしている皆様、ありがとうございます。




四十九日を終えて

忌明け後の仏間


娘と私の時間は、あの3月3日で止まったまま

あの日以来、テレビも見ていない
音楽も聞いていない
新聞も読んでいない
そういう気持ちになれないままです
気持ちの切り替え、区切りをつけるなどとは、まだまだできそうにありません



忌明けして、遺骨は仏壇へ
中陰の祭壇を片づけ、新たな娘を偲ぶ場を作る
娘の親友が来てくれると、いつもプーさんをぎゅっと抱きしめてくれる
「たみのこと、頼むね」って言いながら
プーさんは、いつもこの場所でずっと娘をみていてくれる




おかげさまで、今日までお花が絶える事が無く、
皆様のお心遣いに深く感謝申しあげます





私の体調も戻りつつあります
エンブレル再開までは、まだかかりそうです

でも、ご飯もちゃんと食べているから心配しないでね


七七日 四十九日

娘の親友が作ってくれたフォトブック

娘の親友が思い出を分けてくれた

忙しい中、娘に会いに来てくれた

私の事まで気遣ってくれて申し訳なく思う
貴女がいてくれるから、それで救われている私
貴女を通して娘の生きた証が見えるの
それが何よりもうれしく有り難い


娘が見た長野の高遠の桜、見に行きたい




四十九日、我が家の法事は22日
この日までは亡くなった人の魂は家にいると言われている

四十九日が過ぎると、きっと自由に飛び回るのでしょう
たまには我が家へ帰ってきてね

もう少し体がしゃんとしたら、部屋も片付けて、欲しがっていた大きなテレビも買うからね
たまにはハルに会いに来てやってね



プーさんが見守る娘の中院壇







娘たちへ

あかり、かおりのこと頼むね

かおり、この世で4年間しかお姉ちゃんに甘えられなかったね
これからはずっとお姉ちゃんに甘えて一緒にいられるね


お母さんは生きていくから
貴方たちが一緒に迎えに来てくれるまで生きていくから

その時が来たらちゃんと迎えに来るんだよ
その時まで身の始末をしながら待っているから



4月に入ってからは、病院通い以外、ほとんど寝ている毎日を過ごしてきた。
帯状疱疹の痛みは、すごい。

リウマチ薬の一ヶ月以上の休薬で、思わぬところの痛みが出て、それでまた泣くことになる。
腰骨の下の方がやられている。
今まではエンブレルで抑えられていたのが、暴れだしてきた。

ステロイド5ミリと座薬ではどうにもならなくなって、なんでもいいからと痛み止めを整形で打ってもらう。
だけどすぐに痛みが戻ってしまう。

そんな矢先、お腹が痛くなり、吐き気と冷や汗が出、夜中に大垣市民の救急に行った
研修医のバカ、4月1日に帯状疱疹で救急に来ているのに、また同じことを最初っから全部聞いてくる。
問診の最中にもゲーゲーしているのに、「糖尿病って言われた事ありますか」ってマニュアル通りに進める。

お腹が痛いと言っているのに、心電図に少し気になる所があるので時間をおいてもう一度採血と心電図をとりますという。
狭心症のことは伝えた。
今出ている症状を消してしまうと、かくれている病気が分からなくなるかもしれないのでこのまま待てと言う。

レントゲン、採血、心電図、腹部CT
吐き気止めと腸の動きのための薬を点滴に入れてもらえたのは、帰宅する1時間前。

救急の待合室のベンチでずっと待機。
腰は痛い、寝ころぶと一人で起き上がれない。

結局、心臓にも腸にも異常はみられななく、動きが悪いだけだろうという研修医の意見で地獄の様な5時間を過ごし、帰宅した。


それからがまた大変で、完全にリウマチのコントロールができなくなってしまった。
ステロイドを10ミリにし、朝晩ボルタレンサボ50ミリを使用し、毎日筋肉注射に通い、
家では寝ているだけの毎日。


こうなってくると、必然的に旦那の役割が出てくる。
ゴミだし。
コンビニにご飯を買いに行く、2人分。
茶碗を洗う。
ハルにご飯をあげる。
洗濯を自分の物だけするようになった。

でも旦那は気がつかない人だからイライラする。
いちいち説明しなければ上手くできない。
待遇が悪くなったのは、ハルが一番かも知れない。

それでも旦那なりに精いっぱいやっているのだろうとは思う。
何にもやらない人が、茶碗洗っているなんて想像もできなかったし…
でもね、洗い残しがそこかしこにいっぱいで…
でもね、感謝しなきゃいけないことも分かっているよ。



やっとステロイド10ミリと再開したりウマトでちょっと起きていられる様になってきたこの頃の私です。
エンブレルは、まだまだ当分お預け。
みなさんにいろいろとご心配をおかけしています。
22日は四十九日の法要を務めるので、少しづつ起きている練習中。




折に触れて便りをくれる友

電話をくれて何気ない話をし「なんでも私にわがまま言いなさいね」と言ってくれる友

サクラを見たいと言ったら付き合ってくれた友

ブログにコメントくれる沢山の友、あたたかい言葉に胸が熱くなる

自分の体調を押して、それでもお花を送ってくれた友

お花を持って会いに来てくれた友

返信は要らないよってメールくれた友

「どうしてる?」って電話くれる友

ずっとずっとずっと案じてくれている友

すっとずっとずっと見守ってくれている友



支えてくれるみなさんに感謝しています。

私にも私を支えてくれる沢山の人たちがいるので安心してねと娘に伝えたい。


沢山生っているサクランボの青い実

今年は、いっぱいのサクランボが実りそうです。



六七日(むなぬか)

娘の友達が、折に触れてお参りに来てくれる

忙しい時間を割いて娘に会いに来てくれる

娘が友達の中に確実にいる

娘が築いてきたものが 確実にそこにある






娘の友達と話していると 親の知らない娘の顔が見えてくる

家ではちゃんとしない事も外ではちゃんとしている

躾たことは、ちゃんと娘が社会で生きていることに役立っている

娘の友達から聞く話のほとんどを娘から聞いていたことに驚いた

結構いろんな話をしてくれてたんだと改めて思う


喧嘩した時に娘に言われた
「私を支えてくれるたくさんの人に感謝しなさい」

今、その言葉の意味がよく身にしみて分かる


五七日(さんじゅうごにち)

2年くらい前に、娘から、私の今までの娘への接し方を全否定された

あの時の私の気持ちをどうして聞こうとしてくれなかったの?
あの時の私の本当の気持ちはこうだったんだ!
いつも自分の考えを押しつけて
私はあなたの所有物でも何でもない
私は、私という一人の人間なんだ

と言われた

思い当たる
思春期の反抗期がなかった娘
物心つく頃には、長女の入退院で ずっと我慢させてきた
母や私の妹が、ずっと面倒を見てくれた

言えない気持ちをずっとずっと心の中に押し込めてきた
言っちゃいけないと思っていたんだ

娘に長女の分も重ねてしまっていたのも事実
いつもお姉ちゃんの分もと押しつけていた

だから次女は甘んじて受け入れるしかなかった




今更 何を言ってもどうにもならないけど

そういう次女の気持ちを考えもしなかった



今更だけど、気持ちをぶつけてくれてよかった

月命日に

3月3日の夜、娘を挟んで川の字になって寝た

次の夜は、娘と私と二人だけで寝た

お通夜の晩は、和室なので妹と甥っ子が寝てくれた


こんなふうに一緒に並んで寝るなんて久しぶりだね

ずっとずっと娘を抱き締めていたかった



ハルは、大好きな座敷に入っては来るものの、娘の顔を見に来ようとしない

ただ、二晩目の私と娘が二人だけの夜にやっと顔を見にきた

だけど しっぽを振りかけてやめてしまった



ハルと娘が最後に会ったのは、2月23日

「お母さんのロールキャベツが食べたい」とフェイスブックに書いてあって

それを届けに行った時


20120403.jpg

「母さんと二人の娘さんへ」と書かれたカードに涙が止まらなくなってしまった
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Author:halかあしゃん
かあしゃんのひとりごと。
おっさんワンコと暮す毎日。

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