四七日(よなぬか)に

1才頃のハルを抱いている娘
1才を過ぎた頃のハルを抱き上げている高3年の娘



あさ、目覚めた瞬間から ぽろぽろ涙が流れ落ちる

ご飯を一口運ぶ瞬間に ぽろぽろ涙が流れ落ちる

横になると溢れてくる涙 泣きながら寝入る夜

夜中に目覚めて 流れ落ちる涙










二七日に風邪をひき

三七日にアバラと腰を痛め

四七日に右半身胸から背骨に帯状疱疹ができ


だけど
こんなんじゃペナルティーにもなんないよ




大丈夫!
ちゃんとご飯食べているよ

大丈夫!
ちゃんと生きていくから

生きていくことが せめてもの娘への償い




こんな私を気遣ってくださるみなさま

本当にありがとうございます

三七日(みなぬか)に

満開の我が家の桜

3月19日 家庭教師先の子が 無事に志望校へ合格してくれた。
3月20日 娘に直接報告がしたいと合格通知を持ってお参りに来てくださいました。

ホントに娘のことがあったにも関わらず、ちゃんと合格してくれてよかった。
一番喜んでいるのは、きっと娘。
ちゃんと合格してくれて肩の荷がおりたよね、よっかたね。

満開の桜に止まったミツバチ



3月21日、娘のアパートの荷物を引き揚げた。
やっと我が家へ帰ってきた。
これからは、離れて暮らした6年あまりの日々を 
ゆっくりゆっくり手繰り寄せながら
娘と向き合っていきたいと思う。




2011.11.06のかおり
28歳の娘
4回しか袖を通さなかったこの振袖を着て、娘は旅立ちました。








自分の人生もリセットです。
リウマチ友の会の委員も辞しました。
友の会も退会しました。
お世話になったみなさま、中途半端な活動で幕を下ろす私を許してくださいね。
本当にありがとうございました。



これからは、娘のお母さんだけでいい。





二七日(ふたなぬか)に

3月3日午前9時20分
娘から「朝5時頃から胸が痛い、ニトロ使うと一瞬だけ痛みが消えるけどまたすぐに痛くなる、シャワー中に吐いたけど楽にならん」
という電話がかかってきた

なぜ、その時にすぐ救急車を呼べと娘に言わなかったのか
昨日夕方に受診した循環器の病院へ連絡取って、9時37分に娘に電話をかけた時には、もう電話に出なかった
なぜ、その時に私が救急車を手配しなかったのか

なぜ そういう気がまわらなかったのか
なぜ 2週間も経った今頃になって気付いたのか


娘のアパートに着いてから 110番し、警察、救急車が来るまでの時間
その時間のロスが無ければ、娘は助かっていたかもしれない



娘が、その時、ニトロを6錠も服用していたことが、今朝になってわかった
娘が痛みに耐えて耐えて苦しんでいる時に、私は何をしていたか

娘が出なかった電話に「5分ほどしたら家を出るから」という留守電を入れた
娘を迎えに行くために身支度し、ハルを車に乗せ
アパートに着いてからものんきに「着いたよ」と娘にメールを送った

娘を迎えに行くといつも5分10分は待たされる
だからのんきに待ってた

だけど電話掛けても留守電になってしまう
鍵を持って娘の部屋に行くが、ドアガード(ドアチェーン)がかかっていて中に入れない
110番し、警察、救急車が来たが、中へ入れない、道具もない
はしご車、他の救急隊に要請したりして、やっとエアーカッターが届き、ドアガードを切って部屋の中へ

最初に入ったのは刑事
続いて私
「おった」と言う声の方を見ると、娘はソファーにすわったまま白い顔をしていた

生きているのかもわからないまま、私は部屋の外へ出された
その後、すぐに病院へ搬送され、蘇生処置をずっとずっとやってもらったが 一度も戻ることなく娘は旅立ってしまった

死因は「呼吸不全」
死後のCTで肺が真っ白になっていた
肺水腫、または肺出血

1月末ころからの胸の痛みの原因が知りたい
一番知りたいのは娘
だから解剖してくれと言った
だけど、ここの病院ではできないし、このケースは解剖しても原因を特定する事は難しいと言われた



1月22日(日)午後7時頃
2~3日胸が痛いという娘の電話で、大垣市民病院の救急へ行った
胸骨の真ん中を抑えると痛い、寝ころぶと痛む、起きると治まる。
レントゲンでは異常がみられないけど、胸骨の痛みは若い人によくある症状だから、整形できちんと診てもらったらと担当した医師は言った。痛み止めを貰って帰宅。

痛み止めを飲んでも症状は変わらない
1月26日 整形外科を受診
やはりレントゲンでは異常がない。医師が触ると痛い
痛み止めを貰い、少し様子を見ながら良くならなければ体の中の方の検査をした方がよいと言われた

その後、のらりくらりと痛かったり痛くなかったりと過ごしてきて
3月1日の夜、痛いとメールが来て、すぐに病院へ連れていこうとしたが、仕事があって今日は行けないと言う
じゃ、明日の朝8時半に迎えに行くからと話した

3月2日、整形で受付の順番も無視ですぐに紹介状をかいてくださって、大垣市民病院の呼吸器科へ
なぜ、呼吸器科なのか不思議に思ったが…

レントゲン、心電図、超音波などの検査をするも異常なし
「なんでもなくってよかったね」と担当医に言われた

でも心配だったので、その足で循環器の開業医へ行った
この先生は信頼できる先生で、私もずっと狭心症でお世話になっている
胸が痛くなってからのいろいろな症状を話し、心電図もとり
だけど、やはり狭心症と判断できる症状が少ない、まず年齢
念のためとニトロを処方してくださった

その翌日の朝5時からの痛み

なんでこういうことになってしまったのか

前日には心配ないって言ったよね、先生

なんでこうなってしまったのか



諦めるためにも 自分を納得させるためにも 前日に行った病院をまわり先生と話してきた

だけど やはり 前日の状態では、翌日のことを予測する材料がなにもなかった
前日の地点では、何かを予測する事が不可能であったと

循環器の開業医の先生は、大垣市民病院へ行き、院長や循環器の先生、呼吸器の先生たちと一緒に前日の検査結果の見落としたところはないか、予測できたことがあったのではないかなどと症例検討をされたそうです

「お役にたてず申し訳ない」と先生は言う
言うけど、ずっと胸が痛いと言う事実はなんだったのか
何か原因があるはず
その原因を知りたい
一番知りたいのは、娘自信。



私自身も狭心症を抱えている
痛みが襲ってきた時の恐怖は、良く分かっている
なのに娘の電話には、そういうふうに気が回らなかった
なぜなんだろう
なぜなのか





助かっていたかもしれないと思うと

そう、きっと助かってたはず

私がちゃんと対応できてたら

娘は助かっていた







えそらごと

娘と一緒にいた時間

きちんと話をきいていなかったな~

いいかげんに相槌うっていた

右脳で考えて左脳で話す

右脳で考えて右脳で話す

左脳で考えて右脳で話す


だからあんたとわたしは話が伝わらないんやわ~

とか

右脳、左脳の話をした

けど

思い出せない




中陰壇の前に座るプーさん



娘の親友が今回の事を乗り越えて、ちゃんと前向きになってくれるように願っています
ゆっくりゆっくりでいいから

私も今は目の前の雑事に追われっぱなし

だから まだ 今は 大丈夫




コメントいただいたみなさま、娘と私へのお気遣いありがとうございます。
お返事はずっと先になりますがお許し願います。







山崎拓巳様のブログより無断拝借しました


2012/03/09 15:25 「最後だとわかっていたなら」

「最後だとわかっていたなら」

サンクチュアリ出版
作・ノーマ コーネット マレック
訳・佐川 睦
http://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/poem.html


あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは
もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしはあなたを
抱きしめて
キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

あなたが
喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは
その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
分かってくれていた
かもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・
「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか
伝えたい

そして わたしたちは
忘れないようにしたい

若い人にも
年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだ
ということを

愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや
抱擁や
キスをするための 
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いと
なってしまったことを
どうして
してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう

そして
その人を愛していること
いつでも
いつまでも
大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や
「許してね」や
「ありがとう」や
「気にしないで」を
伝える時を持とう

そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから




まだ夢の中

次女 かおり


2012年3月3日 午前11時50分

娘は 旅立ってしまいました


葬儀を終えた今でも 私には 夢の中の出来事です


娘を支えて下さったみなさま

こんなにも多くの方とご縁をつないでいたんだとびっくりしています



本当にありがとうございます




気持ちの整理がつきましたら、またぼちぼちと娘の事を書いていきたいと思います



娘を支えて下さったみなさま
私を支えて下さっているみなさま

心より感謝申し上げます




プロフィール

halかあしゃん

Author:halかあしゃん
かあしゃんのひとりごと。
おっさんワンコと暮す毎日。

カレンダー
02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最近のエントリ
最近のコメント
カテゴリー
ブログ内検索
月別アーカイブ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
RSSフィード